天 声 燐 語(てんせぇリンゴ)


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捨てます。ほぼ全部。
2009/10/04 10:16

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事務所に溜まってた、
これまでに読んできたビジネス経済・経営・流通系の本たち。

もう自分の頭にある程度は吸収したはずなので、
二度と引っ張り出して再読する事もないだろうし、
再読したとしても、世の中は変わっていくからビジネス系の本は
時間が横に流れると色あせてしまうから取っておく意味もない。

他にも事務所の「今は」要らなくなった無駄なものを一掃します。

まぁある時期以降は全然無駄に物を増やさないようにしてきたから、
まぁ後は捨てたりするだけですね。
できれば引越ししたいぐらい、関東とかに。

そもそも、音楽に興味ないとかいって
結局実家にドラムやピアノやレコーディング環境がある事で
関西から動けないといっているのだが、
この矛盾はナンなのだ。

まぁ誤解のないように書いておくと、
別に私のいう「音楽に興味ない」
というのは、
「嫌いになった」とか、
もうやるつもりない、とかいうわけではない、

もっと広い意味があって、

自分が音楽や芸術というものに「入り込み過ぎたり呑みこまれたりしないように」
いい意味で「気楽に淡々と」音楽に迎えるような領域には来たってことで。

プロってそんなもんじゃないですか?

情熱情熱情熱も結構だけど、

何かに呑みこまれてはプロとはいえない。

芸術に「のめり込む」のなら趣味にすべきで、
プロはそれに「余裕をもって」向き合い、提供する方が健全であると今は思う。

「こだわり」
「一本道」

こういうものを、私はカッコイイとは思わなくなった。

私は自分の人生や生き方や能力の意味などを
自己肯定などするつもりはないのだ。

私はただのくだらないそこらの俗的人間で、
芸術家でも神でもなんでもない、
ただの人間、
音楽をやらせたら、
たまたまわりといい曲作るなぁぐらいなもんで、
それと人物は一致するとは限らない、
普通の人間がたまたま音楽がわりとできるだけって感じで、
音楽が別にそんなに素晴らしいものだとは思わないわけ。

素晴らしいとは思うんだけど、幻想をいだきすぎるのはよくないと。
あえていうならば、音楽に携わる瞬間だけ、
何かが降りてきて、人間ではないような感じになるだけ。
その他は限りなくくだらない普通の人間。

人間でありたいから、音楽には興味がない。
降りてきた時しかそれに触れたくはないし、
音楽を作る奏でる、というのは、
私自身がやってるわけではないという感覚。
だからただの人間・私自身と、音楽を一応やったりする瞬間とは
完全に分離している。
それでいいと思う。

問題は、私自身は何をやりたいかという事であるが、
実はこれが特にないのだ。

ただ、面白い事に、

私はこれまで散々情熱を注いできた音楽という怪物に対し、
「興味がなくなり」
「いい意味で細かい事はどうでもよくなり」
「やる気が大して無くなった」

事を、自分でそれが残念だとか悲しいとかは全く思わない。

むしろ、ホッとしている。

とてもよかった、と。

何かに情熱を異常なまでに注ぐとか、一本の何かを貫くとか、
もちろん、それは意図的にではなく、
「怪物に操られる」
という感覚が近かったが、
ただ単に、世界が狭くなるだけで実につまらない。

私はそこから解放されて、

とてもホッとしているし、
もうこのままつまらない人間のままダラダラ生きたいと本気で思っている(笑)。

つまらなくていい、と。

現実的な問題はまぁ経済活動の方針・手段などかな。


基本的には、正直、何もしたくないというか(笑)。

「ただ、時間の流れを身体で感じて生きていたい。それだけ。」


ま、それが正直なところで、
何故、「何かをしなければならない」
みたいな強迫観念に人間がさらされているのか不思議ともいえる。


ま、音楽に興味はないんだけど、
DVDは作るけどねぇ。

意外と「興味なくなって」からの方が音の輝き戻ったよ?(笑)

そんなもんかな人生(笑)。


まぁとりあえず頼むから宝くじ一億ぐらいでいいから当たれって!!


買ってないけど。

生きたいけど死にたいし、
死にたいけど生きたいわ。

いやぁ面白いけど面白くないね人生。(笑)

カテゴリ:● 生活(掃除論など)

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