天 声 燐 語(てんせぇリンゴ)


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身体意識 < 物理的身体スペック
2009/11/22 01:44

 腰痛が痛すぎて、まともに何も動けなかった一日でした(笑)。
動くと激痛、寝てる状態で寝がえりだけでも痛い、いや、動くだけで痛い、起き上がれない、って感じでビビッタ(笑)。
これはヤバイ(笑)。

 が、、風呂に入ると、かなり痛みが緩和される事が解って今は少し楽になったので、
やはり温めるとよさそうだ。

 ところで、今回の腰痛で思う事は、
何年も前に、ドラムやピアノや筋トレ、無茶な握力専門トレーニングにより、
手の親指靭帯を故障して力が入らなくなった時と考えられる原因が似ていると自分で分析している。

その当時、私はドラムの叩き方、フォームを一新・改善し、
より無駄な力を入れずに脱力して、小さな力で最大の音を出せるように試行錯誤していた。

その結果、ドラムの音が見違えるように変化し、
速くて且つデカい音が出せるようになった。
シンバルの音なんかもケタ違いの音が出るのだ。
音のデカさというより、音がよく通って遠くに飛ぶ音というか。
 電子ドラムとかではこういうのは磨けないが、生ドラムを叩くとその辺の違いがかなり出る。まぁどうせPAで音づくりすれば、生音の鳴らしきるテクニックを究めなくてもいくらでも太い音はコンプレッサーやイコライザーで作れるからそこまで磨く必要もないとも思いますが(笑)。

まぁそれで、調子に乗っていたところの手の故障だった。


なぜ故障したのかといえば、

より洗練された身体の使い方(脱力して無駄をなくし最大の力を最小の力で発生させる)をできるようになったのはよいのだが、
その時に身体に走る衝撃を受け止める・耐えれるだけの身体の物理的スペックが足りなかったからと言える。



何をやるにも、ある程度、身体の使い方のコツみたいなのがあって、
無駄を削る事で、小さな労力で大きな力を発揮する事が可能になったりする事は多いと思うが、
ある意味で、順序を間違うと危険なのである。

よく武道系の本とかでも、
「達人」みたいな領域の人の身体の使い方とか意識とかの秘伝みたいな感じの事が載ってたりする事があるが、
それを、物理スペックが低いのに真似しても自分の身体がそれに追いつかずに負けてしまうという危険性があるという事を身をもって感じた。

そして、その事について言及する事を省略してコツだけ書いたような物をみて知ったつもりになって、コツとかだけを先に知識として頭で知って真似ようとしたり、自分のセンスが自分の身体を超えてしまうと(笑)、身体が先に壊れるわけである。

そういう意味では、この情報社会の中でネットなどで情報を収集して何かに努めたり自己啓発などをしている人には危険であると思う。

私も、ツーバスドラムレッスンサイトを運営していてエラそうに色々書いているが(笑)、
一応、対象は初心者という事にしているが、
確かに、「通るべき道を通らなければ」結局は、故障をしてしまうのが先になるか、身体の使い方を理解するのに時間がかかるかのどちらかであって、
よく、
ツーバスを速く踏むコツは?
みたいな質問を掲示板があった時によく受けていたりメールをいただいたりしていたが、

コツが掴めていないうちにコツを知ってしまうと、身体が先に潰れますよ

というのが正直な回答かと思う。

コツを知れば上手くなれると思うかもしれないが、
通るべき道を通っていないのにコツを知ってしまっても、
身体が追いつかないので故障する確率が高いのだ。

つまり、結局は、時間が財産となる。
それ以外にはありえない。

コツをつかんでうまくできるなら誰も苦労はしない(笑)。

なので、コツというキーワードで何かを検索し、
そして、それで知った知識を順序を間違えて実行するのは、
思いのほか危険なのである。


自分でいうのもなんだが、ある程度私は身体の使い方のセンスはいいほうだと思う(笑)、
だから、人に教えてもらわなくても、ドラムは自分で自分の身体を故障してしまうぐらい大きな力を小さな力で生むコツを、身体のスペックが足りない段階で先に身体で覚えてしまって調子に乗った事が失敗に繋がったわけだ(笑)。


で、今回の腰痛について考えてみたのだけれど、
これも、そのドラムの時と全く同じかなと・・・・

私は目が悪い関係で、立ったままじっとしているとか、まっすぐ歩くという事が苦痛で、
それをなんとかしたいと、
身体感覚をより磨こうと思い、
目を頼りにせずに身体を頼りにして地球の重力を十分に感じ、
それで重心をコントロールして、脱力して立つ、歩く、という訓練を独力で重ねた結果、
無駄な力をかけずに、脱力して楽して立つ、重力を身体で感じて歩く事で視覚に異常があってもまっすぐ楽に歩くという事が可能になってきたのだ。

しかし、身体の動きを磨く事で、身体にかかる負担が増えるわけだ。

緊張して力を無駄に入れて立ったりしていると、その分負荷が分散されるので、
腰にかかる負担も少ないかも知れないが、
重力にさからわずに、脱力して楽に骨だけで立つみたいなニュアンスで立ったり歩行をすると、
脱力している分、骨盤には上半身・頭などの重みが全部乗っかる事になると思う。
脱力しているからこそ楽して立てるわけだが、その分、下に向かう力は強くなるので、
腰にかかる負担は大きいと考えられる。

そして、それを長らく続けていた結果、自分の身体のスペックが、また、自分の身体動作のセンスに追い付かずに先に身体がヤラレタ格好となったのではないかと自己分析している。
人間とはなかなか学ばない生き物である(笑)。

何かに必死になってると、それに必死だから他の事考えられないよね、その間に目に見えないところで、何かが悲鳴をあげていたのだろうが、それに気付くのはその悲鳴がオモテに出て初めて気付く、という事が多い。


特に、今回の腰痛は、右の後ろ側が特に痛いので、より、「日常での身体動作意識の改善」によるところが原因だと気付いた。

眼振の影響で、相当に意識をしていても、どうしても頭が少し右に傾きがちなのであるが、
(傾けないと焦点の合いにくさが酷くなって視界が気持ち悪いので、それを避けるため、眼振がもっとも和らぐ角度に首を傾ける本能が先に走る)

右の腰が痛いというのは、やはり、全身を脱力して立つ・歩くという時に頭が傾いていては、当然、頭はかなり重たいので、それが脱力できていればいるほど、その歪んだバランスの重みが全部右側にズレてかかる事になる、
だから、右側の方が痛い腰痛になったと分析できる。
やはり目が悪いとろくな事がない(笑)。
人生のすべてにおいて悪影響(笑)。
悔しいので意地でも10億稼ぐ人間になってやる(そういうハングリーかよ/笑)。

という事で、首の傾きやすい傾向も意地でも無理やりにでも矯正してやる(笑)。
視覚が気持ち悪かろうがなんだろうが、どうでもいい、身体に悪影響なら無理にでも矯正しなければ。どうせ目なんて使わなくても歩けるし(笑)。
 実際、結構両目つむって歩いてる時とかありますよ(←サングラスしてるからバレない/笑)。そっちの方が身体的に気持ちがいいしね(笑)。
まぁヨイ子は真似しないように(笑)。

まぁ要するに、こういう点では私は結構、身体の使い方というか意識が、わりと達人っぽいと思うんですよ自分で(笑)。だけどそれに耐えうる身体物理スペックがないとやはり故障するという失敗をまたやっちまったなーって感じで(笑)。


まぁとりあえず、腰は温めて、血行をよくして摂取した栄養や酸素を患部にちゃんと流してきて少しずつ回復させていくイメージで。
 安静にしすぎると衰えるし、動かし過ぎてもアレだろうけど、動かさないと回復するために栄養をそこに流しやすくするように血行をよくしたりもしにくいですし、動いてないのに栄養とっても消化不流で意味ないですからね、そこが治療時の難しさだが、
まぁ腰を極力使わずにアイソメトリック的な筋トレなどもできますし、まぁピアノなんかもボチボチ軽く弾いてればいいんじゃないですかね〜。

カテゴリ:★身体意識/筋トレ・健康

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