謎なタイトルですが、
突然ですが以前に
「3秒でお客がつかめるキャッチフレーズ」
というビジネス本を読んだ事があった。
私はこの本を買った事によって、
この本の内容とは別の次元の景色を見た。
この本には筆者のウェブサイトURLが幾つか載っていて、
試しに見に行ってみた事があったのです。
正直な感想として、
「さすが。この人は完全に商売人だ。」
と(笑)。
まぁ当たり前の事なんですけどね。
キャッチフレーズの本を買ってそれを読んだ人が、
それを参考にして作られたキャッチフレーズが、
またまた落とし穴にハマッているというのである。
これではまたまた無駄なお金(広告資金)をドブに捨てることになってしまうではないか、と。
そこで、ハウツーCDのご登場となるわけである(笑)。
フフッ(微笑)
CDは2枚で8000円だそう。
CD買う金をここでケチって広告代をドブに捨てるか、
今、ここでお金を使う事で将来の自分に倍以上のお金を回してくることになるか、
さぁどうしますか、
そういう心理だ。(笑)
こういうモノを見た時、
大半の人間は、
「ケッ、ウサンクサ!(笑)」
と速攻で判断し微笑する。
しかし。
私本人、筆者のサイトにアクセスしてそのサイトの構造や内容をザッと把握した時点で、もうだいたいの事は見えたので、
私は少なくともCDは買う事は100%ないと最初から決まりきった上で参考程度にサイトのテキストを眺めるわけであるが、
ちょっと不思議な体験をした。
100%胡散臭いと解りきったCDが、
少し欲しくなったのだ(笑)。
100%バカにしきって記事をみていて、
それで心が「動いた」のだ。
いや、まぁ買いませんけどね(笑)。
人間の心理操作は、
頭の中で考えているだけの事とはズレが生じることがあるのだ。
ニッチ商売とは何か。
それが私にはもう見えた。
この体験は、
あらゆるビジネス本の中身の本文をどれだけ読むよりも貴重な体験になった。
そういう意味で、私はあの本を買ってよかった。
ビジネス本を買う上で重要な事は、
内容そのものではないと私は思う。
本の内容よりも大事なものが別の場所にあると思う。
体験しないとわからないことがある。
そういう意味で、色んな本を読み漁る事は重要だと思う。
それは書かれている文章を理解することではなく、
その本を自分の手に入れた事によって生ずるあらゆる己の行動イベントから自分自身が何を感じたのか、隠れたヒントをいかに自分が見つけ出すか、体感するか、だ。
胡散臭い本なんか買っても意味がない。
意味がないけれど、
それは、「本の文章をただ読んだだけ」の場合の話。
その本の「向こう側」に何かが見える事がある。
そういう「価値」がモノにはある。
だから行動をとにかくナンデモカンデモ気まぐれでもいいし突然の思いつきでもいいし魔がさしてもいいし、とにかく何か自分が動き、その自分を別の自分が観察することだ。
行動を起こすことがとにかく重要だと思うわけである、当たり前だけど。
胡散臭いものが胡散臭いのにも関わらず何故に大真面目なモノよりも売れるのか、ターゲットをしっかり定める事が何故にそこまで重要なのか、ニッチ商売のやり方が何故開き直っているのかと思えるほどに極めて一見するだけで胡散臭くわざわざするのか(笑)、それがもうハッキリ私にはもう見えている(はずだ…)。
不思議ですよ、人間ってのは。
球場での800円とかのボッタクリビールや、山の奥やホテル内でのボッタクリジュース自販機などがなぜ売れるのか、
とか、
そういう心理に近いですけど、
100人のうち99人は胡散臭いと思うと思うんですけど、
そんなことは関係ないんです。
その99人なんか最初から圏外ですし商売側にとってはどうでもいいわけです。
ピタリ「今」の心境のツボに当てはまる消費者の心は、大多数の人間が胡散臭いと判断するものにすら心が動くという現実があるという事です。
「歌の歌詞を聴いて泣いた→そのアーティストが好きになった」
とかいうのも一種のニッチ商売が成り立ったケースです。
なぜどこにでもありそうなくだらん薄っぺらい誰にでも解りすぎる普通の恋愛の歌がアホみたいに多いか。
きっとどこにでもありそうだからいいんですわなぁ(笑)
私はそんな薄っぺらくてありふれた「景色」ごときで心が動くほど気楽な人間じゃないですけど。
まぁ、「ニッチにあてハマる」可能性の高さという意味で、音楽にせよドラマにせよ映画にせよ恋愛モノがビジネスになる→需要が高いといえますね。
失恋して淋しそうな女をなぐさめた→女の心が自分に動いた
こういう例も一種の個人的単位のニッチ商売ですよ(笑)。
あぁくだらないくだらない。人間なんてくだらない。(笑)
まぁ、ニッチ商売とはそういうニュアンスです(笑)。
そういうのが見えると、
どういうものをどういうタイミングで売れば売れるか、
どういうものがビジネスに適するか、
だいたい見えてきますね。
その上で世の中をこう空の上から眺める感じで観察すると、
人間なんて、所詮すべては架空の中でフワフワと何かに動かされて本質から外れた確実性のない行動パターンを繰り返して生きているとしか思えません。
真実なんかどこにもないです。
永遠なんかどこにもないです。
まぁ話がどうも闇寄りになってますが(笑)、需要と供給が確実に成り立つアヤシイニッチは、本当に魔法みたいですね。
ちなみに私が「どこか欠落している(冷めすぎている)」のには理由があります。
それは、私が誰よりも熱い人間だからです。
熱い人間は、熱ければ熱いほど「現実という壁の高さと世の中の温度の低さを認めて受け止めて徹底的に冷める必要がある」と思う。
熱いからこそ、
冷めなければならない。
熱い想いを届けたいからこそ、
冷めなければそれを届けられない。
冷めきった自分になれないと、
結局、熱さを誰にも届ける事ができない。
だから私は徹底的に、
冷めている。
私はそう思う。
凍りながら燃えている。
まさにブルガリの香水のように。
私はニコスフォーメンですけどね(笑)。
突然ですが以前に
「3秒でお客がつかめるキャッチフレーズ」
というビジネス本を読んだ事があった。
私はこの本を買った事によって、
この本の内容とは別の次元の景色を見た。
この本には筆者のウェブサイトURLが幾つか載っていて、
試しに見に行ってみた事があったのです。
正直な感想として、
「さすが。この人は完全に商売人だ。」
と(笑)。
まぁ当たり前の事なんですけどね。
キャッチフレーズの本を買ってそれを読んだ人が、
それを参考にして作られたキャッチフレーズが、
またまた落とし穴にハマッているというのである。
これではまたまた無駄なお金(広告資金)をドブに捨てることになってしまうではないか、と。
そこで、ハウツーCDのご登場となるわけである(笑)。
フフッ(微笑)
CDは2枚で8000円だそう。
CD買う金をここでケチって広告代をドブに捨てるか、
今、ここでお金を使う事で将来の自分に倍以上のお金を回してくることになるか、
さぁどうしますか、
そういう心理だ。(笑)
こういうモノを見た時、
大半の人間は、
「ケッ、ウサンクサ!(笑)」
と速攻で判断し微笑する。
しかし。
私本人、筆者のサイトにアクセスしてそのサイトの構造や内容をザッと把握した時点で、もうだいたいの事は見えたので、
私は少なくともCDは買う事は100%ないと最初から決まりきった上で参考程度にサイトのテキストを眺めるわけであるが、
ちょっと不思議な体験をした。
100%胡散臭いと解りきったCDが、
少し欲しくなったのだ(笑)。
100%バカにしきって記事をみていて、
それで心が「動いた」のだ。
いや、まぁ買いませんけどね(笑)。
人間の心理操作は、
頭の中で考えているだけの事とはズレが生じることがあるのだ。
ニッチ商売とは何か。
それが私にはもう見えた。
この体験は、
あらゆるビジネス本の中身の本文をどれだけ読むよりも貴重な体験になった。
そういう意味で、私はあの本を買ってよかった。
ビジネス本を買う上で重要な事は、
内容そのものではないと私は思う。
本の内容よりも大事なものが別の場所にあると思う。
体験しないとわからないことがある。
そういう意味で、色んな本を読み漁る事は重要だと思う。
それは書かれている文章を理解することではなく、
その本を自分の手に入れた事によって生ずるあらゆる己の行動イベントから自分自身が何を感じたのか、隠れたヒントをいかに自分が見つけ出すか、体感するか、だ。
胡散臭い本なんか買っても意味がない。
意味がないけれど、
それは、「本の文章をただ読んだだけ」の場合の話。
その本の「向こう側」に何かが見える事がある。
そういう「価値」がモノにはある。
だから行動をとにかくナンデモカンデモ気まぐれでもいいし突然の思いつきでもいいし魔がさしてもいいし、とにかく何か自分が動き、その自分を別の自分が観察することだ。
行動を起こすことがとにかく重要だと思うわけである、当たり前だけど。
胡散臭いものが胡散臭いのにも関わらず何故に大真面目なモノよりも売れるのか、ターゲットをしっかり定める事が何故にそこまで重要なのか、ニッチ商売のやり方が何故開き直っているのかと思えるほどに極めて一見するだけで胡散臭くわざわざするのか(笑)、それがもうハッキリ私にはもう見えている(はずだ…)。
不思議ですよ、人間ってのは。
球場での800円とかのボッタクリビールや、山の奥やホテル内でのボッタクリジュース自販機などがなぜ売れるのか、
とか、
そういう心理に近いですけど、
100人のうち99人は胡散臭いと思うと思うんですけど、
そんなことは関係ないんです。
その99人なんか最初から圏外ですし商売側にとってはどうでもいいわけです。
ピタリ「今」の心境のツボに当てはまる消費者の心は、大多数の人間が胡散臭いと判断するものにすら心が動くという現実があるという事です。
「歌の歌詞を聴いて泣いた→そのアーティストが好きになった」
とかいうのも一種のニッチ商売が成り立ったケースです。
なぜどこにでもありそうなくだらん薄っぺらい誰にでも解りすぎる普通の恋愛の歌がアホみたいに多いか。
きっとどこにでもありそうだからいいんですわなぁ(笑)
私はそんな薄っぺらくてありふれた「景色」ごときで心が動くほど気楽な人間じゃないですけど。
まぁ、「ニッチにあてハマる」可能性の高さという意味で、音楽にせよドラマにせよ映画にせよ恋愛モノがビジネスになる→需要が高いといえますね。
失恋して淋しそうな女をなぐさめた→女の心が自分に動いた
こういう例も一種の個人的単位のニッチ商売ですよ(笑)。
あぁくだらないくだらない。人間なんてくだらない。(笑)
まぁ、ニッチ商売とはそういうニュアンスです(笑)。
そういうのが見えると、
どういうものをどういうタイミングで売れば売れるか、
どういうものがビジネスに適するか、
だいたい見えてきますね。
その上で世の中をこう空の上から眺める感じで観察すると、
人間なんて、所詮すべては架空の中でフワフワと何かに動かされて本質から外れた確実性のない行動パターンを繰り返して生きているとしか思えません。
真実なんかどこにもないです。
永遠なんかどこにもないです。
まぁ話がどうも闇寄りになってますが(笑)、需要と供給が確実に成り立つアヤシイニッチは、本当に魔法みたいですね。
ちなみに私が「どこか欠落している(冷めすぎている)」のには理由があります。
それは、私が誰よりも熱い人間だからです。
熱い人間は、熱ければ熱いほど「現実という壁の高さと世の中の温度の低さを認めて受け止めて徹底的に冷める必要がある」と思う。
熱いからこそ、
冷めなければならない。
熱い想いを届けたいからこそ、
冷めなければそれを届けられない。
冷めきった自分になれないと、
結局、熱さを誰にも届ける事ができない。
だから私は徹底的に、
冷めている。
私はそう思う。
凍りながら燃えている。
まさにブルガリの香水のように。
私はニコスフォーメンですけどね(笑)。
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