たまに、ドラムサイトに訪れて私を知ってくださったかたが、
「直接の指導を報酬支払いありでしてほしい」
みたいな話がきます。
とてもありがたく嬉しい話です。
が!
そう、親なんかも散々いうんですよ、
安定するためには教えたりするのが一番いいと。
YAMAHAグレード取ったらどうのこうのとか散々言われた時もありました。
が!
そんな程度で丸く収まるのなら、あるいはそんなものになるために何年も苦悩の日々を積んだわけではないしそんな程度の事を成し遂げた程度で自分も周囲も満足してもらっては困る、
そして、音楽講師とは何か?
本当に教えるのが好きで、そしてそれによって何か大切なものを伝えたい、
そう思って講師をやっておられるかたは尊敬します。
しかし、もし私がドラムを人に教えてお金をとるというのは、
私は自分の夢や神に与えられた役割を苦しみのあまりに放棄し楽な方向に走りそして都合よく人をカモにして詐欺をすることに同じです。
何故なら、私は人生ずっと音楽に携わってきて、
音楽は教えたり教えられたりするものではないと知っているからです。
自分や他人を見て、客観的にみて、才能のあるなしも、だいたい解ります。
そこで。
・才能なさそうそうな人に、それを解ってながら自分の安定の為のとりあえず収入のために浮かない顔して講師やる
・才能のありそうな人に、これは教えがいがある!といいながらやはりどちらかといえば自分の安定の為にお金とって講師やる
私はどちらも嫌です。
才能がなさそうな人がいくらやっても伸びないのは解ります。
残念ながら、人はある程度最初から差があるようです。
ただ、それは「ある視点からみて」という事なので、
どっか飛び出ててもたいがいはどっかが凹んでいるのでだいたい人は平等っぽいです。
その凸凹の差が激しい人ほど多分「頑張れば大物系。それが無理ではただの普通以下の問題児」で、差が少ない人がサラリーマン系といえそうです。
才能があるような場合は、そこに努力を積むので、はじめからの暗黙である何かの差はなかなか埋まらないので、自分の身の程を早期に見極めて自分に適した方向に行くのが重要だと考えます。
しかし才能を早期に「お金」に変えるのは至難の技で、まぁ基本、世の中において芸術の才能のある無名個人の価値など皆無で、才能というものほどどうでもいいものはないなともよく思ってきました。本当はそうじゃありませんが、世の中の本当の姿は、
才能に目をつけて才能を買っている企業より、
才能に集まる多くの人間(客)で収益を望めるであろう才能を買う企業が多いと思われ、
自分に才能があると思うのであれば、才能を「船」に売るのではなく一般人に売るべきです。
が、やはり結局お金の壁は高いです。
ということは、才能があるとかないとか抜きとして、やはり芸術とお金は本質的には繋がらないのです。
仮に才能がある人材を伸ばすとかほざいてその生徒からお金を取るようでは、
才能のある人間を「スタートラインに立たせる」事さえできません。
つまり才能は支援なしに育ちません。
もっとはっきりいえば、「お金の支援」なしには育ちません、スタートに立てません。
ただ、これは少し本当は本質から外れるので本当はお金ではありません、また後で書きますが。
続きは次の記事へ…
「直接の指導を報酬支払いありでしてほしい」
みたいな話がきます。
とてもありがたく嬉しい話です。
が!
そう、親なんかも散々いうんですよ、
安定するためには教えたりするのが一番いいと。
YAMAHAグレード取ったらどうのこうのとか散々言われた時もありました。
が!
そんな程度で丸く収まるのなら、あるいはそんなものになるために何年も苦悩の日々を積んだわけではないしそんな程度の事を成し遂げた程度で自分も周囲も満足してもらっては困る、
そして、音楽講師とは何か?
本当に教えるのが好きで、そしてそれによって何か大切なものを伝えたい、
そう思って講師をやっておられるかたは尊敬します。
しかし、もし私がドラムを人に教えてお金をとるというのは、
私は自分の夢や神に与えられた役割を苦しみのあまりに放棄し楽な方向に走りそして都合よく人をカモにして詐欺をすることに同じです。
何故なら、私は人生ずっと音楽に携わってきて、
音楽は教えたり教えられたりするものではないと知っているからです。
自分や他人を見て、客観的にみて、才能のあるなしも、だいたい解ります。
そこで。
・才能なさそうそうな人に、それを解ってながら自分の安定の為のとりあえず収入のために浮かない顔して講師やる
・才能のありそうな人に、これは教えがいがある!といいながらやはりどちらかといえば自分の安定の為にお金とって講師やる
私はどちらも嫌です。
才能がなさそうな人がいくらやっても伸びないのは解ります。
残念ながら、人はある程度最初から差があるようです。
ただ、それは「ある視点からみて」という事なので、
どっか飛び出ててもたいがいはどっかが凹んでいるのでだいたい人は平等っぽいです。
その凸凹の差が激しい人ほど多分「頑張れば大物系。それが無理ではただの普通以下の問題児」で、差が少ない人がサラリーマン系といえそうです。
才能があるような場合は、そこに努力を積むので、はじめからの暗黙である何かの差はなかなか埋まらないので、自分の身の程を早期に見極めて自分に適した方向に行くのが重要だと考えます。
しかし才能を早期に「お金」に変えるのは至難の技で、まぁ基本、世の中において芸術の才能のある無名個人の価値など皆無で、才能というものほどどうでもいいものはないなともよく思ってきました。本当はそうじゃありませんが、世の中の本当の姿は、
才能に目をつけて才能を買っている企業より、
才能に集まる多くの人間(客)で収益を望めるであろう才能を買う企業が多いと思われ、
自分に才能があると思うのであれば、才能を「船」に売るのではなく一般人に売るべきです。
が、やはり結局お金の壁は高いです。
ということは、才能があるとかないとか抜きとして、やはり芸術とお金は本質的には繋がらないのです。
仮に才能がある人材を伸ばすとかほざいてその生徒からお金を取るようでは、
才能のある人間を「スタートラインに立たせる」事さえできません。
つまり才能は支援なしに育ちません。
もっとはっきりいえば、「お金の支援」なしには育ちません、スタートに立てません。
ただ、これは少し本当は本質から外れるので本当はお金ではありません、また後で書きますが。
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