「価値」については、これまで随分と熟考してきた。
芸術とビジネスという枠だけでなく、為替取引などを通じても、それに対する考えは益々複雑なものとなってくるが、「価値」というのは面白い。
今日の日本では、
円高傾向によって輸出業は為替差損によってモノをいくら頑張って作っても儲からず、だからといって円高という輸入にとっては都合のいい状態でありながらも輸入も赤字のようだし、
物価は上昇する、金利は皆無、賃金は安い、株も下落、
どう考えても未来が明るいとは思えない(笑)。
ところが、こんな世の中も、別に絶望的であるとは思えないし、
大改革をすれば絶対に改善できる確信はある。
といってもたいそうなもんじゃない。
インフレ(物価上昇)は主に需要供給消費のバランスが崩れる事等から起こり、その対策として金利引き上げや賃金操作などがあるわけだが、
ものの価値や人間の消費行動を左右するものが、
マクロ的観点からいえばおもに、
物価・金利・賃金
などが挙げられると思うが、
本当にそうだろうか?
或いは、経済的観点からは、
それぞれのバランスが恐ろしく崩れていて「どうしようもない、八方塞がりだ……」だと思える今の日本に今後必要なものは何かをバカな私がバカなりに考えてみたというのが今日の日記である(笑)。
マクロ的要素で手の打ちようがないように思える今後において、ミクロ的な部分に視点をやる重要性を感じるわけである。マクロからミクロをどうこうというより、ミクロがマクロを変える、というような。
まず、経済観点からモノを考えてばかりいる今の世の傾向がそもそもどうかと。
当然世の中はお金で回っているが故に経済のプロフェッショナルがあれこれと政策をして改善につとめ、世がある程度まともに回転する必要はある。
だが、現代において最も重要な何かが完全に置き去りにされている。
どうやらお金とモノの操作だけで人を動かす気しかないようである。一つ抜けている。
或いはそれを織り込んでいるつもりだろうかも知れないが、お金とモノの仕組みで人の心を動かせるほど人間はバカではないしそろそろ気付いていただきたい。
「人間の心」が生む「価値観」である、それも、「自然でまっとうな」
である。
現代の価値観はあまりにも歪んでいる。
(この話を細かくすると止まらないので詳しく書くのは今は割愛)
企業は無駄な競争を繰り返して、最終的に競争できる部分がなくなってくると子供みたいな単純発想で「価格」を限界のまで各々が下げ、
それによって自ら首を絞め、バタバタと倒れてゆく。
競争の果ての「価格競争」は全てを滅ぼした。
つまりそうなる前に政府がある程度の規制をもっと行うべきだったと思うし(活性化させるために競争を促すのは重要だとは思うが、「程がある」というものである)、バカな人間だらけの国に民主主義やらしてもロクな事がないのは今の世の現状で証明できたといえようか。
スーパーなどで見かける激安価格商品たち。
さて、その価値を自分のものさしで決め、消費行動を取るのが一般庶民である。
そのものさしがどうもおかしい。
さて、仮に、国内産和牛特選肩スライス230gが1,280円で売られているとする。
さて、まずはそれを高いと思うか安いと思うか。
しかしそれは、通貨価値や金利や賃金などによって変わる。
時給800円程度のアルバイターからすれば高級品であろうし、
高給取りで年収一千万円を越えてる人からすれば、まぁ普通だろうか(笑)。
しかし、本当にそうだろうか?
この和牛スライスの価値を決める他の要素がある。
そして、それこそが今後の日本に必要な事であるし明るい未来を切り開く重要な部分で私は強く考えている。経済観点だけでものを見るのをいい加減やめなければ世は末に向かうだろう。
次の記事に続く…
芸術とビジネスという枠だけでなく、為替取引などを通じても、それに対する考えは益々複雑なものとなってくるが、「価値」というのは面白い。
今日の日本では、
円高傾向によって輸出業は為替差損によってモノをいくら頑張って作っても儲からず、だからといって円高という輸入にとっては都合のいい状態でありながらも輸入も赤字のようだし、
物価は上昇する、金利は皆無、賃金は安い、株も下落、
どう考えても未来が明るいとは思えない(笑)。
ところが、こんな世の中も、別に絶望的であるとは思えないし、
大改革をすれば絶対に改善できる確信はある。
といってもたいそうなもんじゃない。
インフレ(物価上昇)は主に需要供給消費のバランスが崩れる事等から起こり、その対策として金利引き上げや賃金操作などがあるわけだが、
ものの価値や人間の消費行動を左右するものが、
マクロ的観点からいえばおもに、
物価・金利・賃金
などが挙げられると思うが、
本当にそうだろうか?
或いは、経済的観点からは、
それぞれのバランスが恐ろしく崩れていて「どうしようもない、八方塞がりだ……」だと思える今の日本に今後必要なものは何かをバカな私がバカなりに考えてみたというのが今日の日記である(笑)。
マクロ的要素で手の打ちようがないように思える今後において、ミクロ的な部分に視点をやる重要性を感じるわけである。マクロからミクロをどうこうというより、ミクロがマクロを変える、というような。
まず、経済観点からモノを考えてばかりいる今の世の傾向がそもそもどうかと。
当然世の中はお金で回っているが故に経済のプロフェッショナルがあれこれと政策をして改善につとめ、世がある程度まともに回転する必要はある。
だが、現代において最も重要な何かが完全に置き去りにされている。
どうやらお金とモノの操作だけで人を動かす気しかないようである。一つ抜けている。
或いはそれを織り込んでいるつもりだろうかも知れないが、お金とモノの仕組みで人の心を動かせるほど人間はバカではないしそろそろ気付いていただきたい。
「人間の心」が生む「価値観」である、それも、「自然でまっとうな」
である。
現代の価値観はあまりにも歪んでいる。
(この話を細かくすると止まらないので詳しく書くのは今は割愛)
企業は無駄な競争を繰り返して、最終的に競争できる部分がなくなってくると子供みたいな単純発想で「価格」を限界のまで各々が下げ、
それによって自ら首を絞め、バタバタと倒れてゆく。
競争の果ての「価格競争」は全てを滅ぼした。
つまりそうなる前に政府がある程度の規制をもっと行うべきだったと思うし(活性化させるために競争を促すのは重要だとは思うが、「程がある」というものである)、バカな人間だらけの国に民主主義やらしてもロクな事がないのは今の世の現状で証明できたといえようか。
スーパーなどで見かける激安価格商品たち。
さて、その価値を自分のものさしで決め、消費行動を取るのが一般庶民である。
そのものさしがどうもおかしい。
さて、仮に、国内産和牛特選肩スライス230gが1,280円で売られているとする。
さて、まずはそれを高いと思うか安いと思うか。
しかしそれは、通貨価値や金利や賃金などによって変わる。
時給800円程度のアルバイターからすれば高級品であろうし、
高給取りで年収一千万円を越えてる人からすれば、まぁ普通だろうか(笑)。
しかし、本当にそうだろうか?
この和牛スライスの価値を決める他の要素がある。
そして、それこそが今後の日本に必要な事であるし明るい未来を切り開く重要な部分で私は強く考えている。経済観点だけでものを見るのをいい加減やめなければ世は末に向かうだろう。
次の記事に続く…
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